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泉大津

全国の毛布の90%以上を
生産する毛布の産地
泉大津とはどんなところ?

panhu 大阪府の南部に位置する泉大津市とその周辺では国産毛布の90%以上が生産されており、泉大津市は全国No1の  生産量を誇る”日本一の毛布のまち”です。

綿から羊毛へ。そして分業体制。時代も味方した泉州毛布。


●毛布のはじまり ●種類と特長 ●取扱い方法 ●毛布ができるまで ●オモテ・ウラばなし

-大正-

 綿から羊毛へ。そして分業体制。時代も味方した泉州毛布。

綿毛布のピークは、大正に入るとやってきます。見本もなく、柄見本を郵送すると、千枚単位で注文が電報で舞い込むという異常な時代です。ちなみに、大正六年の綿毛布は、前年の十倍、明治後半期の四百倍の155万枚を越える驚異的な生産量をマークします。
しかし、この異常な輸出ブームもピークを過ぎると落ち着きを見せはじめ、それと入れ替わるように、国内需要が息づきはじめます。欧州の毛布産業の疲弊は、当然、わが国での輸入毛布、つまり、あこがれの赤ゲットが品薄になることを意味します。泉州産業は、このころ、綿毛布から羊毛毛布の生産へ移行し始めるのです。
赤ゲットに始まった日本の毛布づくりは、牛毛布を経て、綿毛布を開発し、ついに、羊毛毛布へと、たどりついたのでした。
泉州毛布の全国シェアが、七五%を越えたこの頃、生産方式にも、大きな転換が始まっていました。毛布の複雑な工程をひとつひとつ分けて行う「社会的分業体制」です。紡績は紡績、織りは織り、起毛は起毛のそれぞれの専門業者が分担することで、能率化が進み、競争力をつけていったのです。

機械の騒音の中で、
始業・終業を知らせていた鈴
昭和初期まで使われていた。

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日本毛布工業組合
〒595-0025 大阪府泉大津市旭町22番65号